小説 Kitamae ~荒波と刻を超えて~ 小説 Kitamae ~荒波と刻を超えて~

第21回 復原船『みちのく丸』との邂逅。それは澪に勇気を与えてくれる

 

 上がってすぐ目に入ってきたのは、甲板後部にある大きな棒だった。甲板と平行に五メートルほどの長さがあり、覗き込んでみると、後ろの舵と連結されていることがわかった。どうやら、舵を操るための竿らしい。てこの原理を使えるとはいえ、大きさからして操作する際は数名がかりなのだろう。

「風見さん! 風見さん! 真下から見上げると凄いよ!」

 紀生に呼ばれ、澪は早足で帆柱の根元まで近づいた。紀生は顔を真上に向け、帆柱を見上げている。

「視界に入りきらないんだ」

「……ホントですね」

 澪も紀生と同じようにしてみたが、確かに帆柱の先端まで視界に収めることはできない。それだけの高さがあった。

「しかし、これだけの太さ、高さの木を用意するのも大変だっただろうね」

 紀生はそう呟いたが、

「あぁ、それは……このみちのく丸はどうなっているのかわかりませんけど、最初のうちは一本の木を帆柱にしていたようですけど、複数の木を合わせて帆柱を造るようにもなったみたいですよ。材料費が全然違ってくるらしいんで」

「なるほどねぇ」

 ふたりが話している間に、桜井は甲板中央の大きな板を外していた。

「この中が荷を入れるところです。あ、落ちないように気をつけてくださいね」

 桜井に呼ばれて、澪たちは中を覗き込んだ。底に至るハシゴが掛けられており、薄暗くて奥までは見通せなかったが、甲板の下すべてが収納スペースになっていて、外から見た感じだと、五、六メートルの深さがあるようだ。これなら確かに千石……米二千五百俵も詰め込めそうな広さだ。

「では、中へ」

 桜井の案内で、いよいよ船室の中に入ることになった。

「……広い」

 澪と紀生はふたり揃って声を上げた。

 甲板後部に設けられた船室部分は、広さは十二、三畳ほどか、補修中ということで、ブルーシートにくるまれた機材や部品らしきものが乱雑に置かれていたが、それでも自由に歩き回れるほどの余裕はあった。天井は低いものの、少なくとも澪の身長であれば、そのまま立って歩ける程度には高さがある。

「このクラスの船だと、船乗りは何人くらいだっけ?」

 紀生に尋ねられ、澪は、

「十人から十数人というところですね」

「なるほど……仮に十二人として……当然雑魚寝だけど、思ってたよりはずっと快適そうだね」

「はい。煮炊きもこの中でするって聞いていたので、どんな感じかと思ってたんですけど、これなら余裕ですね」

 ふたりは船室内を見て回った。

 目立つところに仏壇と神棚が置かれ、いかにもその時代の船という趣だが、澪がいちばん目を惹かれのは、天井までの〝柱〟と、そこを貫いて横に通された長い木の棒だった。左右に同じものが二基あった。

「あぁ、それは〝ろくろ〟ですね」

 桜井が教えてくれた。木の棒を回すことで結ばれた縄が巻きとられ、帆が上下する仕組みになっているのだという。北前船の構造についてはひと通り学んだ澪だったが、それは初めて聞いた話だった。

 澪たちはまた甲板に出た。

 ぐるっと回った後で、舳先に立ってみる。

 ──目の前に日本海があった。

 春の日本海だ。

 北前船の航海ならば、大坂を発って瀬戸内を走っている頃だろう。

 北前船がこのあたりを通るのは初夏の頃か。

 今よりも、もっと豊かな日差しに照らされ、海はもっと碧く輝いているだろう。

 二百年の昔、そんな景色を見ながら、北浦はどんな気持ちで海を渡ったのだろう。

 一攫千金、財産を築きたいと願ってか。

 まだ見ぬ土地に思いを馳せてか。

 ……それとも。

 それから一時間ほど後、澪も船で海に乗り出した。

 ──津軽海峡を渡っていた。

 澪と紀生は津軽海峡フェリーに乗り、青森港を発った。そして、一路函館を目指していた。

 正面に海が見えるビューシートをとったのだが、もったいないことに紀生は出発してすぐに寝てしまった。澪も北海道に渡ってからのことを考えると、少しは仮眠でもしておきたかったが、妙に心が騒いでいた。否、その時の彼女の気持ちを正直に表すなら……、

 少々、はしゃいでいた。

 気づいた時は船室を抜け出して、甲板に出ていた。風が強く、春先とはいえまだ肌寒く、他に人はいなかった。

 せっかく北海道に移動するのだから、是非、津軽海峡を船で渡りたいと思っていた。その望みが叶って、澪の気分は高揚していた。船の先端部分に出て、正面に視線を向ける。だが生憎、先ほどから天気が悪くなっていて、遠くの視界は薄靄に遮られていた。それでも晴れていれば北海道の地……蝦夷地も見えていたはずだ。

 津軽海峡フェリーは青森から函館までを四時間弱で結ぶ。北前船はそこを丸一日というから、単純計算で六分の一ほどの速度か。

 否、その数字からイメージされるような、のんびりしたものでは決してないだろう。

 このフェリーと比べたら北前船は本当にちっぽけだ。大きく揺れるだろう。一枚帆いっぱいに風を受け、波を切っていく。今の自分たちには想像できない、激しい航海だろう。

「……それでも」

 澪は正面から風を受けて、白く霞んだ先にあるはずの北の大地をきつく睨んだ。

「──少しだけでも、あなたの感じたものを、感じてみたいんです」  

 澪の口から零れたその言葉は、たちまち風に流されていった。

 函館フェリーターミナルに到着した澪たちは、そこのレストランで遅い昼食をとった。

 函館駅近くにホテルをとった後、澪たちはレンタカーを借りに行った。澪が手続きを済ませている間に、紀生は函館市立博物館の片桐に連絡をとると言って、外に出ていた。

「どうでした、片桐さんは」

 店内に戻ってきた紀生に尋ねると、

「うん、予定通り、明日の午後に会ってくれるって。それから北浦さんのこと、もういちど訊いてみた。昨日今日で姿現してる可能性もあるからさ」

「それとなく……訊いたんですか?」

「いや、ずばり」

「……」

「そんな顔しないで。どう訊いたって、正直に話してくれる時はくれるし、嘘つかれる時はつかれるでしょ?」

「で、どうだったんです?」

「来てないって」

「そうですか……」

 鍵を持った店員が出てきて、車の説明を始めたので、紀生との会話はそこで終わってしまった。

 ──ふたりはこれから、函館と並ぶ北前船の重要な寄港地、松前を訪ねる予定になっていた。

 

 

 松前は北海道にあって、特別な土地だった。

 北海道唯一の城下町だからである。

 ──松前の地には古くからアイヌの人々が住んでいたが、平安時代末から和人たちが移り住むようになった。後に奥州の戦乱に敗れた者たちが渡島半島に渡るようにもなった。そうした者たちの中で頭角を現したのが、松前家の始祖となる武田信広だった。信広は上ノ国花沢館の蠣崎氏に婿入りし、信広の嫡男蠣崎光広が松前に転居したことで、同地が蝦夷地経営の拠点となる。

 後の蠣崎慶広が豊臣秀吉、徳川家康から大名として認められ、姓を「松前」と改めた。だが、大名とはいえ、当時の蝦夷は米が穫れなかったため、長く「無高の藩」と呼ばれていたが、一万石〝格〟の大名に列せられることになったのは六代藩主松前矩広の代、享保四年、一七一九年のことだった。

 米による収入がない松前藩はアイヌとの交易品などを商人たちに売ることで、藩の経済を維持していた。

「とはいえ、厳しいねぇ、松前も」

 レンタカーのハンドルを握る紀生がぽつりと零した。

「そうですね……鉄道がないのは痛いですよね……」

 松前は昭和六十三年、一九八八年に鉄道……松前線が廃線となり、今では公共の交通はバスのみとなっている。バスで函館から三時間、自家用車のペースでも二時間はかかる。

「いやぁ、久々に運転したら腰に来たわぁ」

「ご苦労様です、帰りは私が替わりますから」

 道が混むこともなく、松前には予定時間通り到着した。北前船の寄港場所であった松前福山波止場の前を過ぎ、海沿いにある道の駅「北前船松前」にある駐車場に車を停め、ふたりは松前の地に足を踏み入れた。

「道の駅の名前からして『北前船松前』か。北前船推しだねぇ」

「ですねぇ」

 ふたりで話しながら海から離れるように歩いていくうちに、まだ花は咲いていないが桜並木に行き当たった。

「そうか、松前は桜の名所だもんなぁ。でも開花前かぁ」

 残念そうに呟く紀生に澪も、

「このあたりは四月末が開花みたいですね。ここだけじゃなくて、松前城や後ろの寺町の方まで、ずっと桜が植えられていて、花が咲くと本当にきれいみたいですよ」

 そう言って、観光パンフレットの桜の写真を見せた。

「あぁ、これはきれいだ。残念だね、その時期に来られなくて」

「早咲き、中咲き、遅咲き、それぞれにいくつも品種が揃っていて、一ヶ月くらい咲き続けるみたいですよ」

「へぇ。ますます見たくなってきた。でも、元々は本州からの移植だよね?」

「ですね。あ、本州からの移植といえば……」

 ──ふたりは「松前藩屋敷」を目指していた。そこはかつての藩奉行所、廻船商人の店などを再現したテーマパークになっているのだが、向かう道の右手には寺が並び、無数の墓も見えていた。そして左手には……。

「……竹林だ」

 紀生が驚いて声を上げた。

 ──寺とは反対側に広い竹林が広がっていた。かなりの広さがあって奥まで見通せない。

孟宗竹ですって。桜と同じで、これも本州からの移植だそうです」

「凄いね。あっちのお寺さんの景色と合わせて、まるで京都にいるみたいだよ」

「ここの孟宗竹もそうですけど、竹は温暖湿潤地域にしか自生しないんで……」

 この孟宗竹林は移植で造られた竹林だった。安政年間に松前藩の重臣、新井田氏が佐渡から持ち込んだものと伝えられる。

「この竹林は北限の孟宗竹林と言われて」

「おっ、それは凄い」

 澪の説明を遮って紀生は言ったが、

「近年、札幌などでも育成されていて、北限の竹林の称号は奪われてしまったようですけど……」

「そいつは残念。いや、でも景色は凄いよ、本当に。北海道の京都だよ」

 ──竹林を眺めているうちに「松前藩屋敷」に着いた。門を潜った先には、なるほど、松前が栄華を誇った時代の城下町の街並みが再現されていた。海の関所である「沖ノ口奉行所」をはじめ、武家屋敷や廻船問屋、商家、番屋など、再現された建物は十四棟を数えた。

松前藩屋敷

 

「北前船の頃、松前は本当に栄えていた土地で……」

 見学をしながら、澪はぽつりぽつりと語り始めた。

「言い方を変えると、この松前があったからこそ、北前船も栄えた、北前航路も盛んになったともいえるみたいです」

「ん? どういうこと?」

 紀生が興味深そうに食いついてきた。

「本当にここ数日の付け焼き刃の知識だから恥ずかしいんですけど……この松前は当時、特に江戸中期までは鯡がよく獲れて、それや昆布、アワビなんかが最大の交易品になってたんですよ。北前船の時代より前から、当然、蝦夷との交易はあったんですけど、綿花の栽培が本州で盛んになって……」

「ちょ、ちょっと待って。今、話についていけなくなった」

 紀生にストップをかけられ、澪は、

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと説明が前後しちゃいました。綿花、わかりますよね? 綿を作る素材の」

「うんうん、それはわかる」

「その綿花というのはとても栄養を……いい肥料を必要とするんです。鰯を肥料にしたものが使われていたんですけど、鯡粕はそれ以上に綿花栽培に効果があったらしくて、だから鯡粕はとても高値で取引されたんですよ」

「なるほど。でも、蝦夷からわざわざ肥料を運ぶっていうのが、どうもぴんと来ないんだよなぁ」

「わかります。私も最初は理解できなくて。でも、それだけ綿花が高く売れたってことなんですよ。鯡粕もそうですし、昆布も蝦夷でしかとれない。関西が昆布だし文化になったのも、そもそも蝦夷の昆布が元なわけで。えーと、つまりですね、蝦夷でしか手に入らない魅力的な商品が揃うようになって、それを求める廻船が次々と来るようになった。つまり、蝦夷……この松前という魅力的な仕入れ先があったから、北前船が栄えたっていう順番なんですよ。儲けの計算ができなきゃ、わざわざ船を用意してまで海に出ませんからね」

「そうか。確かにねぇ。船が先じゃなくて、土地が先なんだ。そうかそうか」

「それでこの松前はとても栄えたんです。なにしろ蝦夷で唯一の城下町ですから。それから北前船がここを訪れるピークは夏ですけど、その季節だと『入りの三千、出の三千』て言葉が残っていて」

「え、あの小さい港に?」

「うーん、さすがに三千隻っていうのはかなり盛った話だと思いますけど。でも、そういう言葉が生まれるくらいの繁栄だったってことで。蝦夷地では比較的温暖な土地ですし、人も定着しやすかったんでしょうね」

「うーん、でもなぁ」

 紀生は足を止め、あたりを見回した。桜の季節ではない今、あまり観光客は多いとはいえなかった。

「今はなかなか来づらい場所になっちゃってるからね。これも本当に酒田の現状からすると、なかなか言いにくいことではあるんだけどさ」

「……ですね」

 

 

第21回終わり 第22回へ続く

毎週金曜日更新 次回更新日:12/28

動画「北前船 西廻り航路の秘宝」はこちら